2008年07月26日

有機ELパネルで、日韓対決!

s-有機EL日韓対決.jpg有機ELで日韓対決.pdf
「2008年度は有機ELパネルの生産技術開発競争の幕開け!」を宣言したところであるが、各メディアにても、技術セミナーにおいてもこの話題は非常に沸騰してき始めた。特に世界で日韓がトップ競争をしている所も、サッカーのワールドカップ以上に注目を集めている所以だ。
大型有機ELパネルは、明日の屋内用テレビジョン画面市場(年間2億台規模)に向けた最強の戦略商品であり、日韓以外はどこも追いつけない状況にある。
この勝敗を決めるのは生産技術開発力であり、双方がどのような秘策を胸の底に抱いているのか? しかし、過去の先進技術開発の歴史からみても、その奥の手が学会等で公開されることはほとんどなかろうと推測される。我が国は経済産業省の肝いりで先ほど(7月10日)NEDOが業界10社1団体を集めての共同開発構想を発表したが、船頭は数を集めても全く意味がない。
最も重要なポイントは、液晶パネルの技術をいくら寄せ集めても、次世代の革新的生産技術にはなりえないという視点である。 革新的な生産技術の開発者というのは、常に余人がとても考えも及ばないとてつもないことを黙々と諦めずに極めようとする人たちであった。次世代有機ELパネルの生産技術は、そのような土壌環境に育ちつつある。 それが突然大噴火を起こすのだが、それを予知するのは至難の業だ。幾ら金をかけても大地震の予知が不可能なのと良く似ている。

2008年01月28日

「再生紙社会」の実現は可能なのか?

再生紙偽装が発端となって製紙業界各社の経営者達は口を揃えたように、再生紙を作ることは技術的に難しい、品質を優先して偽装をしてしまった、環境のことを考えると再生紙でないほうが優しいのだ、等と言い出した。自分達には、とてもハードルが高くてできませんと言うくらいなら未だ許せるが、再生紙を使わない方が環境に良いのだなどと言ってしまっては、もういけません。自分達が長年言い続けて来た、製紙産業は最も環境に優しい産業で再生可能な、石油由来でない、材料をリサイクルして使っていますと言うメッセージは、一体全体どうなるのか知らん?
製紙産業界は、長年国内で内需産業として育って来たために、厳しい競争に勝ち残るための製造業固有の生産技術開発の企業風土がないと私は思う。常に海外からの技術導入競争に明け暮れて今日まで来てしまい、新しい課題に直面すると平気で技術的にできませんなどと言えてしまうのではありませんか?
技術屋が、それはできません等といっては、もうお終いです。
2007年11月08日

生産技術開発に、敗者復活はありか?

人間の作ったゲームの世界では、敗者復活というルールが時々ある。面白くするのが目的だから、遊びの世界では許されても良いだろう。
経済の世界でも、ゲーム理論がある時から横行し、手前勝手なルールを作って世の中を面白くしようという動きが活発なご時世である。
政治の世界でも、小泉退陣以降敗者復活もありという風潮が生まれてきた。「自らの政治生命を賭けて決断した」というのは昔の話となった。
小沢の決断が重いと思ったのは、大きな誤りであった。彼も、ご都合主義の世界の人であったのだろう。バーチャルな世界では、敗者復活も良いが、現実の生存競争の世界では敗者復活などはあり得ない。食うか食われるかの戦いで歴史は流れている。
生産技術開発においては、一度敗れた開発構想は
同じ分野では二度と復活することはない。
生産技術を開発するプロジェクトのリーダーの決断は、そのチーム全体にとって死活に係わる問題である。
生産技術開発の浮沈は、「艦長マネージメント」にかかっている。
2007年11月05日

一位と二位の大きな違い

民主党の小沢代表が突然辞任というニュースで、世の中に衝撃が走った。
誰もが予想出来なかったことで、私もびっくりした。しかし、状況を冷静に分析し尽くしたリーダーの適確な決断であると思う。
大きなチーム、組織を率いる長は、常にこうでなければならない。
これが、日頃私が申しているところの、「艦長経営」である。艦内の誰一人として見えていない組織の先行きでも、しっかり見極めることが、艦長の重要な役割だが、民主党の役員は誰一人としてそれが分からなかったようだ。
一位と二位との間にある大きな違いが分からないと、たった一つの成果に浮かれてしまって、大局的な判断が出来ない。

 生産技術開発チームの艦長には、常にこの機能が求められている。
 「トップ企業と、どう戦って、どうやって天下を盗るのか?」

ここの、シナリオが大事なのだ。
我がチームの吉田艦長の舵取りは、まさに天下一品だった。
映画「眼下の敵」の潜水艦Uボートのクルトユルゲンス扮する艦長のようなであって、終にあの米国の巨艦、イーストマン・コダックを仕留めてしまった!

民主党が天下を盗るための道程は、またまた霧散してしまったようだ。
2007年10月22日

大岡山小学校、前人未踏の五連覇

image/sensinjuku-2007-10-22T10:31:07-1.JPG我が母校、大岡山小学校が合唱コンクールで再び全国制覇した。
前人未踏の五連覇だ。地元でも、垂れ幕をまた新調して祝っている。何事でも成功するチームには、成功するための秘密がある。大勢が参画するフィールドで、優勝を繰り返すことができる秘密とは、一体何か?
チームで取り組み課題は、現場を熟知したリーダーの力が絶大だ。校長先生の役割は、では一体何か?
一度伺って、その奥義を教えて頂こう。前人未踏、何があるのだろう?
2007年10月18日

ツウな御馳走は・・・。

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サブラヒ・テクノロジストの事務所は、大岡山が最寄り駅だ。
長年通い馴れた駅のホームで、面白いポスターを見つけたのでまた、例によって紹介しよう。

東工大生の心を捉え何とか釣り上げようという魂胆があからさまですね。
リストラの連続で疲弊した社内の工学系人材の補給を早急にしなければ大変なことになる、という危機感を漸く抱き始めた製造業経営陣のなりふり構っていられない現状がここに見える。
 大岡山駅は、駅前に東工大が戦前よりデンと座っており、我国の優秀な工学系学士のメッカである。
優秀なテクノロジストを集める絶好の場所であることは間違いない。
しかしここでも、今大きな異変が起きている。即ち、優秀な卒業生のかなりが中国からの学生で占められているのである。何しろ本国では、優秀な人材がこぞって工学系を目指しているからである。日本まで来る人は特に優秀で、到底普通の日本人学生ではかなわないであろう。
我国では、近年このような分野の人材を優遇して来なかったので、この分野に人材が集まらない現象がおき、中国系が幅を利かしている。電車に乗っていても、耳に入ってくる会話は中国語が多い。特に女性の比率が、男の学生と同じくらいであるのがかっての私達の時代の空気と違う点だ。
昔は、東工大生というと工学系の雄ではあるが、女性には余りもてそうに無い雰囲気が漂っていたものだ。
でも、食べ物で引きつけようとは、さすがな視点だ。雅叙園で、秋の味覚を、タダで食べられるとなれば、中国学生は皆集まることは間違いない。私だって行きたいです。
一本、一本企業の名前の入った立派な松茸並んでいて、老舗の雅叙園で話を聞くだけで料理がタダとなれば、私だって行きたいです。
2007年10月02日

FPD(フラットパネルディスプレイ)事業戦線、いよいよ熱気

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FPD戦線波高し</a>

日本の製造業分野で、今最も期待が高まっているのがFPD分野である。
シャープの「液晶」、松下の「プラズマ」等の方式が先行しているが少し長い眼で見れば「有機EL」も非常に有力な技術である。
 テレビが初めて登場した頃は、誰もが手に入れられる商品ではなかったがその後メーカーの努力で生産技術が確立され、今ではこんなに高性能なカラーブラウン管がなぜこんなに安い価格で売られているのだろうと不思議に思うのは私ばかりではないはずだ。
 FPDもそのうちに世界中のテレビ、パソコン等の市場でごく普通にお目にかかることになるのは明らかだ。
そのためには、どの方式の性能が最も優れているのか、生産技術開発で有利なのはどちらか?この「先見力」が非常に重要なところで、その企業の盛衰に影響を与えることは必定である。
単なる機械、電気部品の組み立て加工で勝負が決まらない高機能複合材料の製造分野は、「モノ作りニッポン」のもっとも得意とする分野であり、どの企業が生き残るかはまだまだ予断を許さないが、それぞれの開発リーダーの信念に基づいて、ゴールを目指していただきたい。
個人的には、私は「有機EL」方式に思いがある。それは、やはりイーストマン・コダック社の基本特許を初めて見たときに、その先見性に感動したからである。
彼等はやはり、基本技術開発に関しては我々よりも二十年進んでいると改めて感心させられた。

 でも、生産技術開発、市場戦略となると日本の製造業の底力は天下一品である。このシナリオがどのように結実していくか、その結末は私にとって小説よりもずっと面白い関心事である。
2007年09月29日

明治二十六年創業、元祖けつねうどん

image/sensinjuku-2007-09-29T01:38:16-1.JPG大阪南船場のお店で、本舗の味を楽しんだ。非常にシンプル、必要最小限の本物!
一杯五百五十円、これに文句をつけられる者もいない。
残念ながら二代目店主宇佐美辰一さんは、六年前に他界されたそうだ。
2007年09月21日

米原に行く。

 滋賀県米原の駅に、初めて降り立った。輸出管理該非の判定支援を業の一部にしている私のところには、全国から引合いがありしばしば、普通ではめったに下りることのない駅に降り立つ機会に回り逢うのは楽しみの一つである。
 今日は、朝早く家を出て、米原駅に着いたのが九時を少し回ったころだった。
駅の裏は、新幹線が止まる駅にしては何もない。原っぱの目立つところでアスファルトの長い道が延々と伸びていた。遥かかなたのビルディングの壁に顧客企業の中央研究所の名前が見える。

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 彼岸とはいえ今年の夏は未だ暑かった。何もない、自動販売機もない延々と続くアスファルトの暑い道をテクテクと進むのは、なかなか普通なら勇気の要ることである。

 長い道のりであればあるほど、その先にある目的が確かである必要がある。
2007年09月21日

道路は、通れなければ意味がない!

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多額のお金を注ぎ込んで造った道路が、使われずに長い間死んでいる。数軒の、恐らく立退き交渉決裂組が居座って周辺社会に醜態を曝しているのだ。みっともないこと甚しい。かっては、東京オリンピックの時、環状七号線建設に当たって同じような事態が発生し、前後に延びた新しく、広い道路を、たった一軒の家が分断し、道路全体が死んでしまっていた光景を思い出した。成田空港建設ブロジェクトの際も同じようなことが起こった。なぜ日本人はこんなにも公徳心が薄く、ものの道理の分からない人たちなのだろ。
 道路は、車が沢山スイスイ通ることを前提として建設され、ETCは料金所での渋滞を無くすために皆が使うことを前提で設置されるものだ。
 ETCラインが空いていて、人が立つ料金所の側が渋滞の長い列を作っているのを、私はこれまで度々見てきた。
 大金を投入したこれらのシステムが使われないで長年にわたって寝てしまっていること事態が大きな問題だ。
 製造業の生産設備は、如何にすばやくフル生産に立ち上げて、数年で投資回収をしてしまうことで成り立っている。私達生産技術者の目標は、常に新しい設備を如何にすばやくフル操業させられるか、そしてその腕前で技術者の力量が量られてきた。どうもそこのところの物差しに大きな違いがあるようだ。
 
2007年09月13日

両輪機能の欠落

安倍政権がいともあっけなく空中分解してしまった。
あのゼロ戦よりも、はるかにヤワで脆い構造であったようだ。戦後レジームからの脱却がお題目であったが、とてもあの失敗国家の象徴である戦時中レベルにも達していない。
大きな組織がシステムとして機能し続けるためには、両輪機能が不可欠なのである。生産技術開発を行うにもこの法則は当てはまる。両輪機能の働かない生産技術開発は、皆早晩挫折し、空中分解して来た。
長年生産技術開発の組織を観察してきた私の視点がそこにある。
生産技術開発というのは、やはり地道な努力を続けられてこそ真価が発揮できるのであって、いきなり梯子を外されるような組織では、やってられないのだ。
生産技術研究組織のある製造業が長く存続出来る所以である。
2007年08月31日

横浜元町界隈の輸出業

image/sensinjuku-2007-08-31T11:03:10-1.JPG横浜の元町界隈は、オシャレ洋品の街として名高いが、同時に税関の街でもある。現役時代は何回となく足を運んだ。
今日は久しぶりに該非判定支援の仕事が入って、懐かしい元町の入口で撮ったのがこの写真だ。
2007年08月30日

さらば、朝青龍

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 何かつまらぬ事件がきっかけとなって、横綱朝青龍が日本を去ることになってしまったのは誠に遺憾なことだ。
 現在の日本は、社会全体が非常に歪んだ病的な状態に陥っている気がしてならない。横綱は一切弁明をしないので真相は知るよしもないが、表向き病の治療のためにモンゴルへ帰国となっているけれど、私は治療をしなければならないのは、むしろ相撲協会も含めて私達日本社会の精神構造ではないかと思っている。
 双葉山の前に、双葉山なく双葉山の後に双葉山なし
 双葉山の偉大さを引合いにして相撲道の原理主義を訴える御仁は世の中に多い。しかし、それを実践している歴代の横綱を私は知らない。
 その現実の土俵を見た人も、今は殆どいないはずだ。
 そのような人たちが、マスコミも含めって寄ってたかって大勢で苛め潰すのが今の日本社会の基本的体質にあるということを早く気づいて欲しい。
 大相撲が長期的な凋落衰退傾向にあるなかで、海外から参画して一人でその地位を支えてきた新しい人格の若い横綱、性格の好き嫌いはあっても、私は彼の頑張りをその実際の相撲を見て高く評価する者である。
 相撲は、心・技・体の三位一体であるとはよく聞くが、実際に誰がそれを出来ているのか? そのようなモノが理念としてあっても、具体的に日本の社会に存在するのであれば見せていただきたいものだ。
 朝青龍は、それを目指して努力している最も有力なヒーローの一人であったことは間違いない。
 少なくとも彼は、技量と実績抜群の相撲道における最高実力者で、しかも現役の横綱である。真の横綱への道程は未だ遠いかもしれないが、彼が先頭に立っていることは間違いなかった。それを周りが盛り立てて、一体となって育て上げてこそ、日本の社会が高く評価できるのであって、その足を引っ張って、引きずり下ろし、それを摘んでしまったのでは何をやっているのか全く分からない。
 後継者の育成は、組織が存続するためのリーダーの重要な使命であるが、どのようにしたら優れた後継者が生まれるのか、相撲協会の親方連中は、朝青龍に教えを乞わなければならなかったのではなかったのか。
 真のリーダーは、自らの組織、社会、国家の一人一人の幸せを一番に考えていなければならないが、今回の一連の騒動は一体何を意図したものなのかが、私には全く分からない。
 今度、国技館の満員御礼の垂れ幕が見れるようになるのは何時のことだろう。
2007年08月27日

日本社会における「自己責任」とは?

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 今日の日本社会では、一人一人の自己責任という部分が極端に退化し、全体として実に脆弱な構造になってしまったのは大きな問題だ。
 急激な技術革新や国際化などの社会環境変化、デジタル化の大波等に見舞われてその変化についていけない老齢世代が大勢いることは確かであり、それらの人たちが、文明進化に取り残されて不幸な事態に陥らないよう心配りが大切なのはよく分かる。
 しかし、今回三洋電機の扇風機が火元となった火災事故、そして少し前には松下電器の温風器問題など高齢者が被災する事件が起きると、マスコミや役所が過剰に反応し、またユーザーを代表しているとする消費者団体が騒ぎ立てる案件が目立っている。それに対して各メーカー経営者の対応というのが全くなっていないのが情けない。
 製造出荷後30年も経過して、何ら保守点検等のメインテナンスを加えなければこのような工業製品はそれなりの劣化、事故は起こるべくして起きるのである。使う側の無知、怠慢、手抜きのために喩え死亡事故が発生したとしてもそれの責任をメーカーに負わせるのは全くいただけない。
 日経新聞の、「経営の視点」で編集委員は、「三洋扇風機を他山の石とし、経年変化リスク回避急げ」などと提言し、経済産業省、業界団体等が非現実的な対策案を作ろうとする。 これらの人たちは、なぜ電気を通すとモーターが回るのかの基礎的知識も持ち合わせていない素人集団が顔をつき合わせて物事を決めているとしか思えない。また、業界の長が、少しもこのような動きに専門的な反論もせず、只管素人集団の言いなりになる姿勢、このような気骨のない風潮が日本を、一等国家から三等国家、五等国家へと後退させている。
 いま、日本には中国製の新品電化製品が大量に流入している現実がある。貴方は、面と向かってそれらに対して30年の経年劣化保証をどう要求するのですか。 「馬鹿を言うのもいい加減にしろ」といわれるのが落ちだろう。

 日本社会は、もっともっと一人一人が自己責任を明確に自覚し、逞しくならなければこれからの厳しい国際社会では生き残れないということを分かってもらいたい。
 そして、今社会には、扇風機の火事等とは比較にならない、深刻で、重要な安全に係わる技術問題が山積している。それらに対して如何に本質的な議論が出来るかが大切なのである。
 いずれも、「モーターはなぜ回るのか?」のレベルではとても解決できない難しい問題である。

2007年08月22日

形見となった、父の「高圧ガス作業主任者免状」

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 去る平成19年8月18日、私の敬愛する父、中村五一郎が永眠し本日が通夜である。故人は旧制金澤高等工業機械科を二、二六事件の起きた昭和11年の春に卒業している。
 東京にあこがれて上京し、時の大蔵大臣高橋是清のご子息が社長であるという事に惹かれて応募した日本酸素という会社に採用された。入社試験では、材料力学や化学の演習問題が出されたが比較的簡単に解けたそうだ。普段の学業成績は、どう贔屓目にみても「中の下」以下と聞いていたので不思議な感じがする。しかし、ここにある高圧ガス作業主任者の免状には、昭和12年7月付け通商産業大臣の交付印が押されている。免状の発行番号は11番であるから、ついこの間まではこの分野では父が我が国で最長老のテクノロジストであったことになるだろう。

 父は、高圧ボイラーや超低温耐圧容器設計が専門の機械屋で、戦時中の大日本帝国が育て、鍛え上げてその活躍を期待していた、当時の戦時社会としては最先端分野の機械設計者の一人であったと思う。そのお陰で、父は兵役を免除されていた。(昭和19年生まれの私がこの世に存在するのは、そのためである。)
 私が現在の「サブラヒ・テクノロジスト」の道へ進むきっかけになったのは、この父の普段はあまり見えなかった足跡があったのだと改めて知らされた。
合掌
2007年08月16日

日本製、相次ぐ欠陥。 ミス気づかず1年製造

リチウムイオン電池の分野で、またも大きな製品事故が発覚して問題となっている。
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 世界の製造業大国日本において、1年間もミスに気づかず製造を続け、何百億円規模の製品回収をする等と言うことを皆さんは信じられますか? 日本ではどこの企業もISO認定企業です。中国など、発展途上の国ではありません。品質保証という観点では、一年間もミスに気づかないなどということはあり得ません。

 この問題の根本は、これが単純なミスで起きたのではないという認識をしっかりと受け止められていないと言うことではないでしょうか。
 では、なぜ起きたのかと問われた時にその原因を明解に説明できなければなりませんね。なぜでしょうか?
 ソニーの場合、サンヨーの場合、松下の場合それぞれ原因があるでしょう。これらは皆同じ原因なのでしょうか? 
 未だどの企業からも明解な公式発表は出されておりません。それぞれの企業の生産ラインは皆違います。製品の基本設計、原材料も皆違います。作られた工場、作った人達も皆当然違います。同じ原因で、このような事故が殆ど期を同じくして起こることなどあり得ません。
 共通で言える事は、どの企業も皆電気業界から生まれ、成長して大きくなった企業であるということです。

では、「何が問題なのか?」 「その共通項は何か?」


 この業界における物作り哲学に大きな共通の欠陥があるということではありませんか?

 
製品は、品質検査で保証できるという神話がありませんか?

 
 この神話こそが、一連の今回の事件の共通原因であると私は分析しています。

 高機能複合材料分野の品質保証は、出荷検査では対応できません。出荷検査ごとに、3ヶ月先に起こるであろう品質欠陥を予見できるか、それは至難の業でしょう。 原材料のロットは毎回変わるでしょう、製造条件にしたって増産計画の度に見直さなければなりませんね。そのような時、出荷管理の担当部門は、どうすることになっていますか?

 「モノ作りニッポン」からの提言は、「一定条件製造」コンセプトの採用です。

 
2007年07月03日

心のない政治家の、心ない発言

 「心のない政治家」の、心ない発言が問題となり選挙を前にした世論が紛糾している。
安倍政権は慌てふためいて、沈静化にやっきとなっている。広島、長崎の原爆の日を直前にした騒動だけに、ことさら大きく取り上げられた。
 「心ない発言」は普段誰でも、ちょっとした場面でしてしまい、指摘をうけて平身低頭、謝るしか仕様がないことはよくあることだ。私もしばしば細君より強行な指摘を受けて、身を小さくし口をつぐんで暗い気持ちで一日を過ごさざるを得なかった経験も少なくはない。

 「心のある人」であれば、日頃の行動から謹慎程度で何とか事態は収拾するものである。

 しかし、「心のない人」の場合は、たとえどのように形だけの謝りを入れたところで収まるものではない。
それだけに、今回の騒動は簡単には収まる物ではないはずだ。日本人の根源的心の問題に係わるからである。
 これを簡単に片付けたのでは、それこそ「日本人の心」というのはこんなレベルのものなのかということになりかねない。
 特に、我が国の「初代防衛大臣」の発言であるだけに重大なのである。
心があるかないかは、この政治家がそれを具体的な形のある行動で示せるか否かにかかっている。
 核兵器廃絶に向けた我が国の具体的な行動を、この政治家が具体的な形で示せないのであるなら、防衛大臣には不適な人物と言わざるを得ない。
 これが、機能する、毅然たる世論というものではないだろうか。
2007年06月25日

「骨太方針」の根本的構造欠陥

 本日付の日経新聞、「経済教室」の欄で大田経済財政担当相の論説を拝見したが、その視点において根本的な欠陥があると私は考えている。日本には優れた経営者、経済学者は山ほどおられるが一番問題なのは優れた技術者が少なくなってしまったということである。
 かっての我が国の高度成長を支えてきたのは「経営者と技術者の両輪機能」が世界的に優れていたからであるという認識が欠けているのが現代日本の根本的欠陥である。
 日本が高度成長を遂げれたのは、確かに社会的、時代的な環境要因も大きいには違いないが、製造業の「生産技術の力」において世界市場で突出していたからである。この生産技術力の絶対評価がきちんと出来なければ、21世紀に向けた「モノ作りニッポンの再生」はおぼつかない。
 骨太方針では、「生産性の向上」を最重要課題に上げておられるが、問題なのはその生産性をどのような物差しで量るかである。文系の発想ではいつもお金と量でしか生産性を量ろうとしないのではないか?
 理系の発想は、常に質を問題とする。しばしば、コストの観点が抜けているというご指摘を経営者の方から受けるわけであるが、これからの21世紀の再生に向けては、量よりも質の視点での取り組みが求められているというのが私の着眼である。
 生産技術の質を高めれば、生産性などの数字などはどうにでもなると言うのが生産技術開発専門家としての私の基本的スタンスであり、経営者層の方々の再考を促したい。

 人口減少が大きな社会問題となっているが、頭数が問題なのではなく質の低下が問題なのである。
 製造業の労働生産性が主要7カ国の中で最低なのは、経営者がコストダウンを闇雲の押し付け、基本的な物差しが狂ってしまった結果である。
 質の高い製品をオンリーワン、世界一の生産技術で生み出せば、この「生産性」という数字はどのようにでも変わるのである。
 我が国の経済を支えるには、優れた生産技術力を備え、世界市場で通用する先進製造業分野がいくつかあればそれで十分なのである。国内市場は、それによって十分活性化する潜在的力が日本には備わっている。

 オンリーワン、世界一の生産技術開発を推進するには特別なコツがある。その基本的なノウハウは、「経営者と技術系トップの両輪機能」から生み出される。
 現在の我が国の根本的な問題点は、この両輪機能が片肺運転になってしまっているからである。

「ツー・トップが世界を制する」
 
2007年06月23日

衣食足りて、礼節を知る

なかなか含蓄のある言葉である。
しかし、特に近頃は、この言葉の真意を若い年代の人達に伝えることの難しい時代になってしまった。
世の中のトップ層ですら、礼節をわきまえない振る舞いが日常茶飯事になっているから本当に困ったもんだ。多少のルール違反も家族を食わせなければという大義名分で大目にみる余裕があった時代があった。
しかし、経済大国と成り上がった今の日本に対してそんな甘いことが世間で通用する筈がないのだが・・・。
でも、今の若い年代に礼節を説く資格を備えた指導者がほとんどいないのが、根本的な問題なのだろう。
2007年06月20日

リチウムイオン電池の安全基準?

 リスクマネージメント(危機管理)の分野においても、Reason, Why? の飽くなき追求は不可欠だ。物事の本質を捉えるためにどうしても避けては通れないプロセスである。

 この度、経済産業省が先のリチウムイオン電池の発火事故に端を発して製造メーカーに、「安全性向上へ新技術基準=リチウムイオン電池」と銘打ってノートパソコンや携帯電話などに使われているリチウムイオン電池の安全性向上を図るため、新たな技術基準を導入する方針を明らかにした。
 発火や異常発熱などの事故が相次いだのを受け、メーカーや輸入業者に自主検査で新基準を満たしているかどうか確認するよう義務付けたい考え。自主検査で新基準を満たしたら「PSCマーク」を貼り付けるのだそうだ。

 このような安易な対策で安全が保たれると考える発想そのものに、日本社会の常識に大きな誤りがあることを私は指摘したい。

 先の事故は、決して検査をしなかったために起きたのではない。ISO○○○といった立派な基準をクリアーしている、世界でも有数のソニーというニッポンメーカーの工場から出荷した製品から発生した事実を全く分かっていないのだろうか?

 Reaso、Whyを追求せずにいくら検査基準を定めてワッペンを貼ったところで何ら、製品安全は保証されない。

 ISOをいくら徹底してもそれは、モノ作り現場の本質に肉薄していないため、高機能製品の品質保証には役立たない典型的な事例である。

 
では、私達は一体何を進めるべきなのか?

 
 私の答えは明確で、「生産技術開発」以外の何物でもない。
 優れたニッポン製高機能商品は、独自の生産技術開発抜きでは考えられない。検査などしなくとも、安定に品質を保証できる製品がどんどん出せる所が、「モノ作りニッポン」の生産技術の本質的核心である。

 検査で良い製品が出来るという考えは、余りにも素人的な発想過ぎやしませんか?
 検査は、コストばかりかかって少しも品質向上には寄与せず、二等品出荷のための苦肉の策であって安全を保証するのには、何の役にも立たない。
 勿論、自らの技術の至らなさを自覚するには、検査は避けては通れない過程ではあるのだが。



 
2007年04月05日

花びらの絨毯

image/sensinjuku-2007-04-05T06:04:02-1.JPG未だ、誰もいない。
早朝の多摩川台公園の風景。
2007年03月28日

我が街、碑文谷八幡の桜まつり

image/sensinjuku-2007-03-28T06:33:28-1.JPG二十三日から散るまで!
しっかり見てきました。現場も見ずして、開花予報等出すものではない。
2007年03月21日

陣取り競争、開戦間近に!

image/sensinjuku-2007-03-21T15:23:55-1.JPGここは、洗足池公園の桜山。毎年このシーズンは、花見」で賑わうスポットだ。
今年も、準備万端整って何時花が咲いてもOK!誠に手慣れたものだ。
世の中万事がこのように進と言うことないのだけど・・・。
2007年02月26日

Spellbound

Spellbound.jpg

 先週の土曜日、URM−S(牛場リスクマネージメント塾)の本年第1回目の定例会合に出席した。
今回の第一テーマは、”Spellbound”という言葉で始まった。これは、ヒッチコックの名作のタイトルだそうで、牛場先生はこれに魅せられて都合7回観たそうだ。

 私もその”Spellbound”に触発されて、早速今朝の散歩で第一回目のSpellbound作品を掲げてみたのが、この作品だ。 
 ジットながめると何が浮かび上がってくるか? 何かSpellboundが見えますか?
2007年02月19日

「法令順守」が日本を滅ぼす! 本当か?

 最近、巷でこのような本が売れているそうだ。コンプライアンスに係わる技術コンサルティングを専門にしていると、あの本を読んで共感したという感想が少なからず耳に入ってくる。
 しかし、私自身にはこのような意識は全くない。
 
 かって工場の現場で労働災害が頻発し、安全活動の重要性を見直す動きがどこの工場でも活発であったことを思い出す。どこの工場見学に行っても、「安全第一」という標語が目に入ってきた。それだけ、皆が安全に対する意識を大切にしていたからだ。一旦労働災害が発生すると、現場での真剣な討論を職場全員で行った。恐らく、今日の現場でこのような活動を機能的に継続出来ている拠点は少ないのではないだろうか?

 そのように重要な安全確保の現場において、問題になったのは「禁止事項が守られない」ということだった。
 実力のない管理者は、事故が起こるとその本質的な問題を掘り下げることが出来ず、直ぐに現場作業における「禁止事項」を安易に定めてその場を収めようとしてしまう習性がある。
 そのような現場では、労働災害は繰り返し起こる。基本的問題を棚上げにしたままで、「禁止事項」を乱発すればそれは、当然の帰結といえるだろう。

 「法令順守」が国を滅ぼすことは決してない。

 守らなければならないことは、何が何でも守らなければならないのだ。

 問題なのは、管理者と各人の基本的姿勢だ。

 何を守らなければならないのかの根本的な掘り下げもせずに、安易に「コンプライアンス」などを口にするから、「法令順守が国を滅ぼす」などという考えが共感を生むような風潮が蔓延してくるのであると私は確信している。
 
 「コンプライアンス経営とは何か?」 

 先進企業ではコンプライアンスが進んでいるそうだが、なぜ私達は「コンプライアンスが国を滅ぼす」などと考えたくなってしまうのだろう?

 「何が何でもコンプライアンス」「自ら示そうコンプライアンス」

 これが出来ないことが問題になっている。

 このような事でお悩みの方は、是非私の安全保障輸出管理セミナー、「コンプライアンス経営は輸出管理から」を聴講して頂きたい。

 また、本件に関する皆さんの忌憚のないご意見もお待ちしています。


 
2006年12月27日

国立天文台のドンに接見

image/sensinjuku-2006-12-27T21:46:22-1.JPGimage/sensinjuku-2006-12-27T21:46:23-2.JPGアナログ、完全機械式太陽追尾天体観測装置が原形のまま保存され、年間行事ではその性能を披露してくれるそうだ。
今日は、その矍鑠ぶりに接見し、その核心部分を、間近に感じることができた。
ちなみに、肝心の望遠レンズはドイツのカールツァイス製であった。
日本は、一体いつから今のように何でも作れるようになったのか?一体それは、なぜか?誰のお陰なのか?
これが分かることが大事なんだ・・・。
2006年12月24日

我が家もお陰様で人並みにクリスマスイブ

image/sensinjuku-2006-12-24T21:37:12-1.JPG結婚以来ずっと続けて来たが、最近の流れは異変続きだ。四人の息子達が全員揃うことが極めて難しくなっている。
個人的な理由なら、しようがないが、仕事の現場が許さないということらしい。
私たちの時代は、クリスマスの時位は部下を休ませるのが上司の甲斐性だった。今はそんな話をすると大変らしい。基本的な視点がどうも違うらしいのだ。
2006年12月22日

東京PCB廃棄物処理施設見学

 ss-日本環境安全事業(株) 061221008.jpg

 30年以上に渡って保管されてきたPCB廃棄物の安全・確実な処理を行う、完全に税金で運営されている施設です。

 一般の大多数の人々が、PCBという物質の本質的な特性を全く理解しないまま時は流れ、このように扱われて処理されていることの不可思議さを改めて実感させられた一日でした。

 もし、自分がPCBであったなら、あなたはどうしますか・・・?

 私が感圧紙の製造にたずさわるその直前(1968年頃)まで、PCBは世界中で、非常に安全で重宝な物質として高く評価されていました。今問題になっているアスベスト等とは全然違う類の物質です。
2006年12月18日

全面ガラス張り、ガラスの城の住み心地

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私たちは、自らの住宅や事務所を選ぶ際に何を最も重視するだろうか?予算とか見栄えとか様々な視点がそれぞれにあってしかるべきだとは思うが、やはり住み心地を私は大事に考えたい。
さて、写真は最近近所にお目見えした、周囲四方全面ガラス張りの住宅である。

ご覧の通り、高層ビルではないが回りから丸見えの、まるで演劇か劇場や博物館にある仕掛けのような住宅だ。

私には、何か見せることを意識して設計されたモノに見えてしようがない。住み心地はどう考えてもいただけないと思える。

 でも、一体何をそんなに見せたいのかな・・・?

 前を通る時にいつもジロジロとながめ透かしているのだが、私にはそれが見えてこないのである。
2006年12月06日

多摩川、丸子橋朝の六時

image/sensinjuku-2006-12-06T07:19:02-1.JPGだいぶ日が短くなり、未だこんなに暗いです。
2006年12月03日

今朝のかむろ坂

image/sensinjuku-2006-12-03T08:06:33-1.JPG不動前の駅前にかむろ坂と呼ばれている長い坂道がある。
この坂の由来はなかなかロマンチックで、かつ情愛に溢れた趣がある。一度彼女と登り詰めて見るのも良いかもしれない。坂の名前が妙に、心に残る響きを持っている。
2006年11月30日

「武士に二言アリ・・・」は、前代未聞・・・。

 自民党で問題となっているのは、「武士の二言問題」だ。
国の方向を左右する重要局面で、「待った!」をして良い等というルールが平気でまかり通る社会では、政治家などという人種のステイタスは、失墜も甚しい。
 「潔さの美学」が、微塵も感じられないではないか。

 美しい日本社会の伝統というのは、「武士に二言はない!」ということで非常に難しく、苦しい場面でもその魂を信じて切り抜けて来れたのではなかったのか。

 今回のような、ご都合主義で付け焼刃、全くわけの分からない艦長の指揮する船に乗せられたのでは、私達の次の世代の将来は真っ暗だ。

 艦長の決断が常に正しいということは、決して保証されるものではない。この先どのような困難が待ち受けているのか誰も計り知れない。しかし、私達には艦長のきっぱりとした決断に従えば、なんとかやっていけるという納得と信頼感を得ることが大事だったのだ。

 この際、シッカリと後顧の憂いを断つことが私達一人一人に課せられた責任だ。
 
2006年11月29日

モノ作りニッポン、トヨタ産業技術記念館見学

image/sensinjuku-2006-11-29T18:42:54-1.JPG名古屋駅の直ぐ隣りにある記念館を見学した。非常に素晴らしかった。今、世界一の製造業トヨタがどのような過程を経てできあがったのか、その一部始終が現地現物で確かめられる。
豊田佐吉のモノ作り魂に会える場所だ。父の遺志をシッカリ受け継いで豊田喜一郎はトヨタ自動車を起こした。日本の技術者は、一度は皆訪れて欲しい地だ。
2006年11月29日

日本に必要なのは、抑止力

相手がある戦い、折衝で必要なのは常に敵を押さえ込める抑止力だ。残念ながら今の日本には、それが何もない。対中国にしても、対北朝鮮にしても相手に好き放題に言われているではないか。自らの抑止力を高めるには、我慢する気持ちがないとだめで、何でもヒョイヒョイ飛び付いていては、ダメだ。じっと辛抱する所から、相手に対する抑止力が生まれる。
核兵器ばかりが抑止力なのではない。さて、日本人の抑止力って一体なんだ?
2006年11月25日

個性を持った商店の並ぶ住空間

image/sensinjuku-2006-11-25T10:45:59-1.JPG街を歩きながら色いろなことを考える。
私たちが理想とする街は、どんな街か?今日は、そんなことを思い浮かべながら武蔵小山のアーケードを歩いていたら目に入ったのがこの店だった。
寅フグの専門割烹、こんな店が商店街の真ん中にある武蔵小山は凄い。
2006年11月23日

わが街の国宝

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世界最古の木造建築は?、と問われれば誰でも知っている。
では、「都内最古の木造建築」は、分かりますか?

 多くの人は、聞いたこともないというのではないですか。我が街の「圓融寺にある釈迦堂」です。

 なかなか風格があります。あの東京大空襲でも焼けなかったと言うだけでも、京都の寺々よりは、筋金入りかも知れません。

 寺は、平安時代の開基で天台宗です。

今朝の散歩道からでした!
2006年11月11日

大岡山小学校、合唱コンクールで四連覇

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大岡山の北口商店街入口に、母校の活躍を伝える垂れ幕がかかっている。

NHKの小学校合唱コンクールで四年連続の全国制覇だそうだ。

凄い、信じられないような活躍ぶりだ。ずっと昔のOBだが、なんとなくうれしくなるから不思議だ。
2006年11月06日

新幹線での朝食

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出張で朝早く新幹線で出陣。社内でサンドウィッチの朝食。
食べてしまった後、残された容器類を眺めながら、モノ作りニッポンの生産技術の行く末に思いを致す。
静岡茶はアルミ缶に入っていた。この缶の構造設計だけでも、二、三十年の試行錯誤と無数の製造ノウハウが積み重なった成果物だ。キャップの裏側には、特殊プラスチックスのシール材まではめ込まれて全く洩れがない。サンドウィッチの入っていたプラスチックス容器の上下のハメ合いの感触の絶妙さは、圧巻である。DUNHILLのライターをカチッと閉めたような感動が感じられるのは私だけだろうか?
本当に、ピシッと音を立てて締まります。何回開け締めしても変わりません。一回開けて食べてしまえば直ぐゴミ箱へ行く運命が、惜しいくらいの出来栄えです。
こんなところにモノ作りニッポンの底力を見た気がします。
2006年11月01日

新日鐵、君津製鉄所見学。今、再び「鉄は国家成り」

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 今日は、ちょっと遠足気分。朝東京駅前に集合、ハトバスに乗って東京湾を渡って君津に向かう。

 実は、日本技術士会の金属部会、化学部会共催の工場見学会なのである。
 かって「鉄は国家なり」と言われたニッポンのモノ作り、今はどうなっているのか? この時期にその最前線の現場を見れると言うので、非常に楽しみに出かけた。

 君津製鉄所は1965年創業だそうで、丁度私が東大工学部で国井先生一門のご指導で「化学工学」なるものの修得に励んでいた頃である。
 優秀な化学工学専攻の学生は、皆「鉄は国家成り」という使命感に引かれ、当時の八幡製鉄に就職して技術に磨きをかけることにあこがれていたものだった。しかし、国井先生の推薦を受けられるのは一学年一人だけという国井研の基本方針があり、私達の代表で新日鐵に就職できたのは、手墳君だけであった。(私はやむなく、重厚長大とは正反対のファインケミカル分野へ進む)

 君津製鉄所の躍進の推移は、正に「モノ作りニッポン」の歴史そのものであった。創業からの急勾配な生産高の立ち上がり、世界一に登りつめてバブルを迎え、環境対策の整備と重厚長大の見直し、リストラによる人員削減と厳しい時代を経て21世紀を迎えた。

 21世紀は、中国市場の急成長で幕開けした。中国市場というのは、かって日本で起こったバブル経済の経験とは桁外れのとてつもない大きな変化である。

 それこそ前代未聞の大津波が押し寄せているような大きなビジネスチャンスが目の前に迫っている感じがする。そして、これがどのような結果を将来引き起こすのかを身を持って体験し、一番知り尽くしているのが日本の製鉄産業の技術者達であろう。

 日本の製鉄業にいる彼等は、今また「再び、鉄は国家なり」を実感していることだろう。
 製鉄産業と言うのは正に「工学」そのものであり、モノ作りの本丸である。生半可な「科学」などでは、とても解決できない工学的な課題がまだまだ山ほどある世界なのだ。

 最近の理系学生の工学離れが問題になっているが、私は今回君津製鉄所の現場を見学させていただいて、「工学の復権」が本質的に重要であること、日本の将来にとって戦略的に取り組むべき必須の命題であることを、今回自分の目で確信することができた。

 単に鉄を作るだけでなく、その品質向上、コストダウン、新規応用展開から環境対策まで、これからの中国の市場拡大という歴史的異変に対して、あらゆるノウハウを持っているのが、日本の製鉄産業を中心とするモノ作り技術工学大系なのである。

 これからの若い工学技術者は、皆この分野で十分力を発揮できるチャンスが多いということを、私は先輩の一人として伝えていかなければならないと決意を新たにした次第である。
2006年10月25日

歯上磨錬(しじょうまれん)、これ一体何?

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 陽明学は行動の哲学と言われているが、私が未だ三十代のころ苦しい場面で励まされた記憶が生々しく甦ってくる時がある。

 その基本は、机上の空論はダメ、やってみないと何も生まれてこないと言うところにあり、生産技術開発を目指すテクノロジストにとっては極めて含蓄のある考え方だ。
 簡単な物理法則の応用技術でも単に理屈で知っているだけでは、何もノウハウは生み出せない。
 
 例えば、光学系フィルムの乾燥技術などはその典型ではなかろうか。 風と熱を与えれば黙っていてもフィルムは乾く。その乾かし方が問題なのだが、何が問題なのかはどこの教科書にも書いてない。理屈では、均一乾燥技術がポイント等と言えるが、世の中に薄膜を均一に乾かすことが出来る装置などどこにもないだろう。その答えは、不均一の何が問題なのかを自らの手で試して見ないと分からないと思う。

 今日は、かかりつけの歯医者さんで歯の磨き方を教わった。小学生の頃から毎日欠かすことのない歯磨き習慣。しかし、私にはその基本がどうも身についていなかったようだ。歯のいたるところに汚れが溜まり、しっかり磨けていないのが赤色の判別液でチェックすると目から鱗とというか、一目瞭然手にとるように分かる。

 今晩から歯磨きのやり方を一新し、毎日実行あるのみ。

 歯は、健康の入り口、健康維持の重要要素である。これの具合が悪ければ何事も咀嚼できず、人生の楽しみのかなりの部分が失われてしまうであろう。

 8020運動って知ってました?
 80歳で自分の歯を20本以上残そうという活動スローガンです。


誰でも出来るはずなのに、なかなか実行できない「事上磨錬」の一節でした。
2006年10月22日

人生、晩晴を尊ぶ

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田園調布の駅前に、立派な生き方の見本が置かれていた。
世の中の天下り疑惑が賑やかなご時世、このような「素晴らしい天下り」があっても良いのでは。

 今、教育改革論議が盛んだがどなたの話を聞いても少しも心に響くものがない。「美しい日本」と言葉で何べん重ねても少しもメッセージが伝わらない。日本ハムの新庄選手のパフォーマンスの方がどれほど、多くの人々に感動を与えたことだろう。
 教育の重要性は、誰もが認識している最重要課題だ。では、それはどのような具体的なプロセスを経て成されることだと皆さんはお考えか?

 官僚的な発想が全然機能していないと言うことは、昨今の事件を引き合いに出すまでもなく残念ながら国民的コンセンサスとなっている。

 私の考えでは、この問題に係わる「キーワード」は、「使命感」であると思う。そして、その使命感がどれほどの人々、地域社会、国家や世界を対象にした物であるかがポイントである。個人個人によってその器は違うが、回りの人々に感動を与え、尊敬の対象となるのはその人の「使命感」に代わるものはないのではなかろうか・・・。

 日本の教育改革の根幹は、いかに「使命感」をもったリーダーを育てられるかにかかっている。
 単に義務教育を充実するというような、総花的で発展途上国を対象としたスローガンでは、時代遅れもはなはだしいということを文部科学省はシッカリと認識していただきたい。

 ところで、「技術士」というのは文部科学大臣名で認定される国家資格であるそうな。私の使命感は、何だったかシッカリと自省しないと・・・。

 要するに、国民一人一人が「使命感」を持っているかが問題になっているのだという事なのだろう。

 
2006年10月20日

池月は、今朝も元気だ

image/sensinjuku-2006-10-20T06:27:05-1.JPG佐々木さんに聞きました!高綱先生も、池月もご健在だそうです。景季先生や磨墨くんは、最近如何ですか?近状が分かったらお知らせ下さい。
サブラヒより
2006年10月13日

北朝鮮、核実験の本当の狙いとは

北朝鮮核実験の狙いについて、様々な見解がマスコミ上を飛び交っている。しかし今回の暴挙に、それ程に深遠な狙いがあるとは私は思わない。色々な憶測に対して、それぞれが考える対抗策も様々だが、私にはどれもかなり感情的な制裁論といって良いのではないか。彼等の狙いが分からなければ、闇雲な行動になり、効果も少ないだろう。いまここで松茸の輸入を禁止したところで、困るのは農民達だけで北朝鮮の核開発の抑止には殆ど効果を発揮しないだろう。
 彼等の今回の狙いは、明らかに核の闇市場における北朝鮮の技術力アピールにあると私は思っている。「核実験に成功」となれば、北朝鮮の核技術は、闇市場において今まで以上に高く評価されることは間違いない。彼らの、闇市場での活動を一層厳重に封じ込めるることが求められている。

 従って我々が今、最も注力しなければならない効果的な対抗策は闇取引の撲滅をおいて他にはない。闇取引さえなくなれば、彼らがいくら核開発をしても、それの使い道が開けず国内でも急速に求心力を失うのは明らかだ。

 闇取引を撲滅すると言うことは、それ程お金の必要なことではなく、皆が国際ルールに則った公明正大な取引をすればいいことなのだ。この地道な努力の積み重ねが最も大切だ。

 
2006年10月07日

哲学の問題

「哲学」は、日本人の先駆者が創作した新しい言葉だそうだ。それ以前には、そのような概念が全くなかったと言うことなのだろうか?
哲学もなしに人々が何世紀も生きて来たというのはある意味で驚きだと思う。今、世界の問題国家や日本の問題企業も問題なのは基本的には、この哲学であると私は、思っている。彼等には、何をするにも哲学がなさすぎる。
私の専門であるコンプライアンスにも、哲学がまず必要だ。
2006年10月04日

北朝鮮の核実験と闇市場

今朝の朝刊のトップニュースは、北朝鮮問題。段々エスカレートして来るところまで来てしまった。北朝鮮はエラそうなことをいつも言っているが、一人では、何もできない。そこで問題になるのが核の闇市場である。そしてそこで取引される目玉賞品には、必ず日本製機材がノミネートされてきた。これをシッカリ払拭できないと、国際社会では、何を言っても軽くあしらわれるだけだ。(サブライ)
2006年09月30日

今朝の散歩

image/sensinjuku-2006-09-30T07:45:45-1.JPG
 今朝は、目黒川の景色を紹介しよう。
なかなか良い感じだと思う。日本橋の上からの景色に比べれば格段に素晴らしい。特にここからの眺めがいいのは桜の季節だ。両岸からの枝垂れを想像して頂きたい。
 ただ、私の要望として言いたいのは、水が流れてはじめて川と言えるのであって今の状態では、目黒川になっていないのだ、残念ながら・・・。
2006年09月29日

自由が丘のレトロ

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朝の散歩で見つけた懐かしい光景。
この町は駅前の街頭テレビのころからずっと見て来たのでまた格別の愛着を持っている。
2006年09月25日

今朝の散歩

image/sensinjuku-2006-09-25T09:01:17-1.JPG早朝、目黒の林試の森公園を歩く。
2006年07月01日

高瀬川、これが京都の川だ!

takase

関西出張の折京都のホテルに一泊し、例によって早朝のウォーキングで市内を散策した。
そして出会った感動が、この高瀬川だった。京都が、日本を代表する素晴らしい都市であることはいうまでもないことだが、日々生活する街の中に、このような素晴らしい川のある風景が実際にあることに改めて感動させられた。
東京が大都市としていくら威張ってみても、このような歴史と文化の香りが漂う風景はどこをさがしても見つからない。
京都の文化を守ろうとして、日々努力をされている街のボランティアの方々に改めて敬意を表したい。
本当に、心の洗われる光景です。
この川縁には、元祖銀座の柳も健在でした。
2006年07月01日

Re:ドイツ、アルゼンチン

確かに、これがサッカー!
日本にもいつかこういうサッカーをしてもらいたい。
2006年07月01日

ドイツ、アルゼンチン

素晴らしい!これが、サッカーだ!
2006年06月11日

「敵は本能寺!」

本能寺

 京都へはこれまで何回となく足を運んだが、本能寺を訪れたのは初めてだった。たまたま出張で京都の二条城前のホテルに宿泊、例によって早朝ウォーキングで京都の街中を二時間ほど散策した。そこで偶然に目に入ったのが本能寺の表札である。
 あの信長が腹心の謀反で敢え無く最期を遂げた本能寺がこんなところに在ったのかと一時の感慨に浸った次第である。

 「リスクマネージメント」という現代における様々な危機管理に思いを致す立場の皆様も、もし何かの機会がおありでしたらこのような史蹟を訪れるのもよろしいのではなかろうか。尚、門前右手に見えるのは日蓮上人の像である。この寺は、信長亡き後秀吉が再建したそうである。
2006年06月06日

今年の竹の子も良く伸びた

bamboo

 我が家の庭先には、家の守り神として孟宗竹の植え込みがある。関東大震災や東京大空襲にも耐え、私達を見守ってきた。
毎年、5月のシーズンになると竹の子が毎朝ニョキニョキと庭のあちこちから生えてきて、その生命力の逞しさを見せ付けてくれる。

 若い竹と古いのとの新旧交代は非常に大切で、新しい竹が成長すると古いのを切ってバトンタッチをして今日まで来た。生え出す場所が悪いと、その日のうちに竹の子料理になる。まあまあの場所なら、7月の七夕になるまで伸ばして、七夕祭りの飾りつけ用として近所の若竹幼稚園児にプレゼントするのが恒例となっている。都会では、竹やぶがなくなりこんな効用がある我が家の孟宗である。

 毎年必ず生えてくるこの若竹を、もっと何かに生かす方策がないかと思案しているのだが・・・。
2006年05月12日

あきばれテスト

あきばれネットです。携帯電話からのテスト書き込みです。