今日は久しぶりに該非判定支援の仕事が入って、懐かしい元町の入口で撮ったのがこの写真だ。
2007年08月31日
横浜元町界隈の輸出業
今日は久しぶりに該非判定支援の仕事が入って、懐かしい元町の入口で撮ったのがこの写真だ。
2007年08月30日
写真印画紙で、モノ作りニッポンが業務提携

写真用印画紙の世界シェアは、現在日本企業が圧倒的な世界シェアを占めている。元々は、イーストマン・コダックを筆頭とする欧米企業が市場を牛耳っていた分野である。
私達現役の頃は、常にコダック(米)やシェラー(独)の品質をお手本にして生産技術の向上に明け暮れていたことを思いだす。実際に彼等の生産技術は優れており学ぶべき点が多かったのだ。
では、なぜ今この技術分野の勢力がこのように様変わりしてしまったのだろうか? この謎をしっかりと分析することが、これからのモノ作りニッポンを考える上で極めて重要な切り口である。勿論、日本人がモノ作り分野で最もその強味を発揮できる素質をもっていたから、このような大逆転が起きたのであるが、ただ全ての製造業でそのようなことが起こっている訳でではない。
モノ作りニッポンが世界市場で君臨して行くためには、物作りにおける特別な作法が存在する。
かっての銀塩写真がデジタル写真に進化し、写真業界は急激な方向転換を迫られているが、富士写真フイルムと三菱製紙は、流石にどちらもそのモノ作りの勘所を知り尽くしている。お互いがそれぞれの得意技術、経営資源をよく理解できる永年の間柄なのだ。この業務提携が、両社にとってもまた日本の国益として新しい展開を示すものと私は確信している。
2007年08月30日
さらば、朝青龍

何かつまらぬ事件がきっかけとなって、横綱朝青龍が日本を去ることになってしまったのは誠に遺憾なことだ。
現在の日本は、社会全体が非常に歪んだ病的な状態に陥っている気がしてならない。横綱は一切弁明をしないので真相は知るよしもないが、表向き病の治療のためにモンゴルへ帰国となっているけれど、私は治療をしなければならないのは、むしろ相撲協会も含めて私達日本社会の精神構造ではないかと思っている。
双葉山の前に、双葉山なく双葉山の後に双葉山なし
双葉山の偉大さを引合いにして相撲道の原理主義を訴える御仁は世の中に多い。しかし、それを実践している歴代の横綱を私は知らない。
その現実の土俵を見た人も、今は殆どいないはずだ。
そのような人たちが、マスコミも含めって寄ってたかって大勢で苛め潰すのが今の日本社会の基本的体質にあるということを早く気づいて欲しい。
大相撲が長期的な凋落衰退傾向にあるなかで、海外から参画して一人でその地位を支えてきた新しい人格の若い横綱、性格の好き嫌いはあっても、私は彼の頑張りをその実際の相撲を見て高く評価する者である。
相撲は、心・技・体の三位一体であるとはよく聞くが、実際に誰がそれを出来ているのか? そのようなモノが理念としてあっても、具体的に日本の社会に存在するのであれば見せていただきたいものだ。
朝青龍は、それを目指して努力している最も有力なヒーローの一人であったことは間違いない。
少なくとも彼は、技量と実績抜群の相撲道における最高実力者で、しかも現役の横綱である。真の横綱への道程は未だ遠いかもしれないが、彼が先頭に立っていることは間違いなかった。それを周りが盛り立てて、一体となって育て上げてこそ、日本の社会が高く評価できるのであって、その足を引っ張って、引きずり下ろし、それを摘んでしまったのでは何をやっているのか全く分からない。
後継者の育成は、組織が存続するためのリーダーの重要な使命であるが、どのようにしたら優れた後継者が生まれるのか、相撲協会の親方連中は、朝青龍に教えを乞わなければならなかったのではなかったのか。
真のリーダーは、自らの組織、社会、国家の一人一人の幸せを一番に考えていなければならないが、今回の一連の騒動は一体何を意図したものなのかが、私には全く分からない。
今度、国技館の満員御礼の垂れ幕が見れるようになるのは何時のことだろう。
2007年08月27日
日本社会における「自己責任」とは?

今日の日本社会では、一人一人の自己責任という部分が極端に退化し、全体として実に脆弱な構造になってしまったのは大きな問題だ。
急激な技術革新や国際化などの社会環境変化、デジタル化の大波等に見舞われてその変化についていけない老齢世代が大勢いることは確かであり、それらの人たちが、文明進化に取り残されて不幸な事態に陥らないよう心配りが大切なのはよく分かる。
しかし、今回三洋電機の扇風機が火元となった火災事故、そして少し前には松下電器の温風器問題など高齢者が被災する事件が起きると、マスコミや役所が過剰に反応し、またユーザーを代表しているとする消費者団体が騒ぎ立てる案件が目立っている。それに対して各メーカー経営者の対応というのが全くなっていないのが情けない。
製造出荷後30年も経過して、何ら保守点検等のメインテナンスを加えなければこのような工業製品はそれなりの劣化、事故は起こるべくして起きるのである。使う側の無知、怠慢、手抜きのために喩え死亡事故が発生したとしてもそれの責任をメーカーに負わせるのは全くいただけない。
日経新聞の、「経営の視点」で編集委員は、「三洋扇風機を他山の石とし、経年変化リスク回避急げ」などと提言し、経済産業省、業界団体等が非現実的な対策案を作ろうとする。 これらの人たちは、なぜ電気を通すとモーターが回るのかの基礎的知識も持ち合わせていない素人集団が顔をつき合わせて物事を決めているとしか思えない。また、業界の長が、少しもこのような動きに専門的な反論もせず、只管素人集団の言いなりになる姿勢、このような気骨のない風潮が日本を、一等国家から三等国家、五等国家へと後退させている。
いま、日本には中国製の新品電化製品が大量に流入している現実がある。貴方は、面と向かってそれらに対して30年の経年劣化保証をどう要求するのですか。 「馬鹿を言うのもいい加減にしろ」といわれるのが落ちだろう。
日本社会は、もっともっと一人一人が自己責任を明確に自覚し、逞しくならなければこれからの厳しい国際社会では生き残れないということを分かってもらいたい。
そして、今社会には、扇風機の火事等とは比較にならない、深刻で、重要な安全に係わる技術問題が山積している。それらに対して如何に本質的な議論が出来るかが大切なのである。
いずれも、「モーターはなぜ回るのか?」のレベルではとても解決できない難しい問題である。
2007年08月22日
形見となった、父の「高圧ガス作業主任者免状」

去る平成19年8月18日、私の敬愛する父、中村五一郎が永眠し本日が通夜である。故人は旧制金澤高等工業機械科を二、二六事件の起きた昭和11年の春に卒業している。
東京にあこがれて上京し、時の大蔵大臣高橋是清のご子息が社長であるという事に惹かれて応募した日本酸素という会社に採用された。入社試験では、材料力学や化学の演習問題が出されたが比較的簡単に解けたそうだ。普段の学業成績は、どう贔屓目にみても「中の下」以下と聞いていたので不思議な感じがする。しかし、ここにある高圧ガス作業主任者の免状には、昭和12年7月付け通商産業大臣の交付印が押されている。免状の発行番号は11番であるから、ついこの間まではこの分野では父が我が国で最長老のテクノロジストであったことになるだろう。
父は、高圧ボイラーや超低温耐圧容器設計が専門の機械屋で、戦時中の大日本帝国が育て、鍛え上げてその活躍を期待していた、当時の戦時社会としては最先端分野の機械設計者の一人であったと思う。そのお陰で、父は兵役を免除されていた。(昭和19年生まれの私がこの世に存在するのは、そのためである。)
私が現在の「サブラヒ・テクノロジスト」の道へ進むきっかけになったのは、この父の普段はあまり見えなかった足跡があったのだと改めて知らされた。
合掌
2007年08月16日
日本製、相次ぐ欠陥。 ミス気づかず1年製造
リチウムイオン電池の分野で、またも大きな製品事故が発覚して問題となっている。

世界の製造業大国日本において、1年間もミスに気づかず製造を続け、何百億円規模の製品回収をする等と言うことを皆さんは信じられますか? 日本ではどこの企業もISO認定企業です。中国など、発展途上の国ではありません。品質保証という観点では、一年間もミスに気づかないなどということはあり得ません。
この問題の根本は、これが単純なミスで起きたのではないという認識をしっかりと受け止められていないと言うことではないでしょうか。
では、なぜ起きたのかと問われた時にその原因を明解に説明できなければなりませんね。なぜでしょうか?
ソニーの場合、サンヨーの場合、松下の場合それぞれ原因があるでしょう。これらは皆同じ原因なのでしょうか?
未だどの企業からも明解な公式発表は出されておりません。それぞれの企業の生産ラインは皆違います。製品の基本設計、原材料も皆違います。作られた工場、作った人達も皆当然違います。同じ原因で、このような事故が殆ど期を同じくして起こることなどあり得ません。
共通で言える事は、どの企業も皆電気業界から生まれ、成長して大きくなった企業であるということです。
この業界における物作り哲学に大きな共通の欠陥があるということではありませんか?
この神話こそが、一連の今回の事件の共通原因であると私は分析しています。
高機能複合材料分野の品質保証は、出荷検査では対応できません。出荷検査ごとに、3ヶ月先に起こるであろう品質欠陥を予見できるか、それは至難の業でしょう。 原材料のロットは毎回変わるでしょう、製造条件にしたって増産計画の度に見直さなければなりませんね。そのような時、出荷管理の担当部門は、どうすることになっていますか?
「モノ作りニッポン」からの提言は、「一定条件製造」コンセプトの採用です。

世界の製造業大国日本において、1年間もミスに気づかず製造を続け、何百億円規模の製品回収をする等と言うことを皆さんは信じられますか? 日本ではどこの企業もISO認定企業です。中国など、発展途上の国ではありません。品質保証という観点では、一年間もミスに気づかないなどということはあり得ません。
この問題の根本は、これが単純なミスで起きたのではないという認識をしっかりと受け止められていないと言うことではないでしょうか。
では、なぜ起きたのかと問われた時にその原因を明解に説明できなければなりませんね。なぜでしょうか?
ソニーの場合、サンヨーの場合、松下の場合それぞれ原因があるでしょう。これらは皆同じ原因なのでしょうか?
未だどの企業からも明解な公式発表は出されておりません。それぞれの企業の生産ラインは皆違います。製品の基本設計、原材料も皆違います。作られた工場、作った人達も皆当然違います。同じ原因で、このような事故が殆ど期を同じくして起こることなどあり得ません。
共通で言える事は、どの企業も皆電気業界から生まれ、成長して大きくなった企業であるということです。
では、「何が問題なのか?」 「その共通項は何か?」
この業界における物作り哲学に大きな共通の欠陥があるということではありませんか?
製品は、品質検査で保証できるという神話がありませんか?
この神話こそが、一連の今回の事件の共通原因であると私は分析しています。
高機能複合材料分野の品質保証は、出荷検査では対応できません。出荷検査ごとに、3ヶ月先に起こるであろう品質欠陥を予見できるか、それは至難の業でしょう。 原材料のロットは毎回変わるでしょう、製造条件にしたって増産計画の度に見直さなければなりませんね。そのような時、出荷管理の担当部門は、どうすることになっていますか?
「モノ作りニッポン」からの提言は、「一定条件製造」コンセプトの採用です。
2007年08月16日
リチウムイオン電池と「モノ作りニッポン」
最近、リチウムイオン電池の市場クレームが新聞のトップ記事となって問題となっている。
これは、先に報道されたソニーやサンヨーのリチウムイオン電池の場合と同じ根っ子の問題である。物作り大国日本の先進トップ企業である上記の三社が同じ根っ子に躓いて、世界市場においてそれぞれが数百億円もの損害を発生されている現実を皆さんはどのように捉えていますか?
いずれも、日本が世界に誇るトップブランドですがここには共通の弱点があります。それは、彼らが何れも電気産業分野で成功してきたという企業体質に由来することなのでしょうか。
リチウムイオン電池というのは、それを使う場面は確かにパソコンとか携帯電話とか電気産業分野ではありますが、それを開発、設計、製造、品質保証する本質的な部分は、化学産業分野なのです。しかも各種の特殊なケミカル原材料を駆使した高機能複合材料から成り立っているのです。
この分野で安定に製品を作るためには、電気産業のような機械加工組み立ての生産技術ではとてもカバーできない製造上のノウハウがたくさんあります。先ず、リチウムイオン電池の設計では共通部品などという概念がありません。どの素材も、各社固有の材料ではありませんか?
上記の電池業界等においては、新安全基準を年内に定めて検査基準を厳しくして対応することをお考えのようですが、そのようなことで対応できるという発想そのものに大きな欠陥があると私は考えております。厳しい検査をしても、一年もの間欠陥に気づかずに製造し続けてきた現実をどのように考えておられるのか私には分かりません。
根本的な問題は、リチウムイオン電池のような製品、即ち独自の原材料を使う高機能複合材料製品の分野においては、業界共通の出荷検査で製品の品質保証をすることは不可能であるという認識が欠けているということなのです。各社が独自の生産技術を確立し、いちいち出荷検査をしなくても、全ての品質保証が出来るようにならなければなりません。
これが「一定条件製造」という「モノ作りニッポン」の生産技術哲学です。どうすれば、「モノ作りニッポン」に到達できるのか?
その本質は、「Japanity」です。
ぜひ、「モノ作りニッポン」セミナーにご参加下さい。

これは、先に報道されたソニーやサンヨーのリチウムイオン電池の場合と同じ根っ子の問題である。物作り大国日本の先進トップ企業である上記の三社が同じ根っ子に躓いて、世界市場においてそれぞれが数百億円もの損害を発生されている現実を皆さんはどのように捉えていますか?
いずれも、日本が世界に誇るトップブランドですがここには共通の弱点があります。それは、彼らが何れも電気産業分野で成功してきたという企業体質に由来することなのでしょうか。
リチウムイオン電池というのは、それを使う場面は確かにパソコンとか携帯電話とか電気産業分野ではありますが、それを開発、設計、製造、品質保証する本質的な部分は、化学産業分野なのです。しかも各種の特殊なケミカル原材料を駆使した高機能複合材料から成り立っているのです。
この分野で安定に製品を作るためには、電気産業のような機械加工組み立ての生産技術ではとてもカバーできない製造上のノウハウがたくさんあります。先ず、リチウムイオン電池の設計では共通部品などという概念がありません。どの素材も、各社固有の材料ではありませんか?
上記の電池業界等においては、新安全基準を年内に定めて検査基準を厳しくして対応することをお考えのようですが、そのようなことで対応できるという発想そのものに大きな欠陥があると私は考えております。厳しい検査をしても、一年もの間欠陥に気づかずに製造し続けてきた現実をどのように考えておられるのか私には分かりません。
根本的な問題は、リチウムイオン電池のような製品、即ち独自の原材料を使う高機能複合材料製品の分野においては、業界共通の出荷検査で製品の品質保証をすることは不可能であるという認識が欠けているということなのです。各社が独自の生産技術を確立し、いちいち出荷検査をしなくても、全ての品質保証が出来るようにならなければなりません。
これが「一定条件製造」という「モノ作りニッポン」の生産技術哲学です。どうすれば、「モノ作りニッポン」に到達できるのか?
その本質は、「Japanity」です。
ぜひ、「モノ作りニッポン」セミナーにご参加下さい。



